昭和44年07月16日 朝の御理解
御理解 第78節
「今日はこの御理解78節の、ここが分からなければというところを、あのう頂きたいと思うんですね。「神のおかげを知らぬから互い違いになってくる」というところがありますですね、「神のおかげを知らぬから互い違いになってくる」と、しかもそこんところが分かれば、一応だから読んでみましょうね。
御理解 第78節
「神の機感にかのうた氏子が少ない、身代と人間と達者とがそろうて三代続いたら家柄人筋となって、これが神の機感にかのうたのじゃ。神の機感にかなわぬと、身代もあり力もあるが、まめにない。まめで賢うても身代をみたすことがある、また大切な者が死んで、身代を残して子孫をきらしてしまう。神のおかげを知らぬから、互い違いになってくる。信心して神の大恩を知れば、無事達者で子孫も続き身代もでき、一年まさり代まさりのおかげを受けることができる。」
ですからここんところの前後のところは、こういうおかげになるということがね、またこういうおかげを受けなければならん、ということになるですね、いわゆる神の機感にかのうた、信心さしてもらうしかもそれが三代続かなければとこう仰っておられます、でなかったらいわゆる互い違いになっておる訳ですね、身代は出けても人間が出けてもね、大事な者が死んで家を断ってしまうと言った様な事になったりね。
とにかく互い違いね、だからその神の大恩を知れば無事達者で、子孫も続き身代も出来一年まさり代まさりのおかげを受けられる、ですからお互いこういうおかげを頂きたいね。子孫も続きしかも身代も出来しかも一年まさりね、親の代よりも子の代という風に、いよいよおかげを受けて行けれるおかげを誰でも受けたい、またそれを願いとしておるわけですけども、それにはこの始めのところにね。
「神の機感にかのうた信心」、それが出来て初めて最後のところの、代まさりのおかげが受けられるということになって来る訳なんです、でそれにではなら、どういうおかげになってこなければならんかと言うと、いわゆる「神のおかげを知らぬから互い違いになってくる」とか「神の大恩を知れば無事達者」とこういうとられるその、神のおかげを知らぬからということになるです、一通り私は金光様の信心を、まぁ暫くでもさして頂いたらね、神様のおかげを知らん者はなかろうと思う。
「そりゃぁ神様のおかげっちはやっぱ確かにあるんだ」とね、だけれどもそういう程度のおかげではなさそうなんですね、ここにうたってあるところは、でまた「神の大恩を知らぬから」と「神の大恩を知れば」と仰る、なら天地の大恩を聞かせてもろうて、言わば、今まで知らなかった事が分からしてもろうて、天地に対する言わば神恩報謝の生活を何が無しかにさせては頂いておるわけなんだ、だからそれだけの事では出来ない。ただ神の大恩を知ると言うても、にんし天地の大恩に。
神恩報謝の生活をしておりますというだけの事では出来ん、だから勿論そうですけれども、それがもっともっと本当なもの、そこんところをですね一つお互い分からして頂かなきゃいけないと思う、ですから今日はこの「神のおかげを知らぬから、互い違いになってくる、信心して神の大恩を知れば無事達者で」というここんところをですね、一つ聞いて頂きたいと、自分の頂いておるおかげという、自分が知っておると思うておる神の大恩というのを、どの程度のことか。
なるほどこれではまだいけんのだということをですね、分かって頂きたいと思う。昨日一時の御祈念の後に鳥栖から、4,5人の方達がお参りをしておりました、先日から大変熱心に参ってくる方達があるんです、で性は同んなじだから「御親戚ですか」って言ったらやはり親戚らしい、けれども「あらあちらも参りよってですか」っち知らんごたる風じゃった、まぁ期せずして親戚同士がここに最近熱心に参っておるということ、昨日参ってきたのは子供がちょうど永瀬さんの所のじゅん子さんの。
一番はしの永瀬さんの御神縁の始まりがそれだった、いわゆるあの血がなくなっていくという病気なんですよね、もう中学校の一年だそうですが、もう本当に青い顔をしましてね、で医者もその手当てのしようがないとこう言う、のでまぁ合楽の金光様にお縋りしてということを、あの楽人の上野さんから聞かせて頂いて、昨日初めてお参りをさして頂いておる、その人のまぁ親戚にあたる方が最近参って来ております。本当にそのう昨日のあの一時の御祈念の後の御理解を頂いて、初めて知った神の教え。
あぁ「初めて聞いた神の教え初めて知った真の道」と言う様な御理解でしたですよね、もうそれが訳は分からんなりに、それを聞きよって涙が流れてしかたがなかったね、お母さんがもう40年配でしょうかね、例えばその40年間という間、本当に初めて神様の教えというものを聞いた、そしてそこに人間の生きて行く、本当の真の道ということのあることが分かったね、そしてその意味は分からんけれどもね、始めて聞いた教えがですね、初めて知った真の道、もう初めて知った訳じゃないけれど。
あの先生が読みなさるあの言葉を聞きよって感動したね。これから信心さしてもらいお参りさしてもろうていよいよ神の教えを頂こう、真の道というのがあるならばその真の道を辿らして頂こうという気が、まぁ少しは起きた起きたらもうそこに親子の感動があったわけですね、もう学校行かれんとかなんとかと言う様な事じゃない、学校行く積りでここに通わして頂こうと言う様な気持ちが、親子の心の中に起きて来た、暫く私の控えでお話しを頂いて帰りましたが、そのうお話しは分からなかったらしいですね。
分からんらしいです私がお話しをしても、けれども私は本当にあのうおかげというものはどこにどういう風に、いわゆるあのう意味が分かったから、おかげになるのじゃないということが分かりますよね、ただあのここで私が読ませて頂いただけのこと、「初めて聞いた神の教え、初めて知った真の道」ね、そこんとこだけはその、まぁおぼろげながら分かった、私がそれから懇々と親子に話す意味の事はどうしても、合点がいかぁん顔をしておる訳ですけれど。
「まぁこれから通うておいで、これからもっともっと素晴らしい事が、もっともっと言うならびっくりするような事を分からして頂くことだろうから」と言うて、あぁまぁ申しましたことですね、お互いがそういう意味合いに置いてそのう、神のおかげを知り神の大恩をまぁそのう角度が違いますよね、けれども実際にお参りさせて頂いてお願いをしておかげを受けて知るおかげもある、なるほど神様じゃということが分かってくる、なるほど天地の御恩徳の中に生かされてあるということも段々分かってくる。
今までは知らなかった事に対する、本当に神様有り難うございますが、何とはなしに言えるようになる、けれどもまぁその程度ではいかんようである、そのう昨日その事を鳥栖の上野さんが、そうしよったら又あの上野初美さんですね、上野その楽人さんの従兄弟さんに兄弟になります、主人同士が兄弟ですからが又入って参りましたもん、して「今日は先生、あの○○さんからおことづけがあってから」といってからお初穂をことづかって来て、その今昨日参って来たのも親戚っていうのがその熱心に参って来よる。
もう大変そりゃ難儀な問題で参って来ておる、それがどういう問題かと言うとそのう、息子さんが京都の大学に行きよった、そしてそのう向こうでまあ下宿屋さんでしょうかね、そこの娘さんと心安うになって、そこの養子にもらわれた。おとなしい人ですもらおうごと大人しい。なでそのもう言うならまあ養子方なんです、ですから向こうでもその、養子をもらわれて、まぁおかげで子供まで出けた時にです、ある問題が起きた訳です。もうのっぴきならないどうにも出来ない問題が起きたんです。
まぁその問題の事情にまぁちょっとお話しが出来ない自分の事情ですから、申し上げませんけども、そのために一応離縁のような状態で鳥栖の方へ帰って来た、さぁところが日にちが募るに従って子供の事が忘れられない、もうノイローゼになってですね、もう御飯もいけん顔は青ざめて来る、もう親の方がたまらんごとなってきた鳥栖の方の、そこでその親のお母さんがお参りをして来たのが初めて、そして本人も付いて参って来たけれども、お話しどん聞いてから。
自分のこの晩眠られんとか御飯のいけられんとか出来んとか、まぁそういうノイローゼ気味になる事が、お話しどん聞いてん良うなるっちいうことはなかって、一遍参った事は参ったばってん、それから本人は参って来ずにお母さんだけが一生懸命参って来た、京都の方から手紙が来るのは、もう離縁状に判を押せともうちゃっとその書類を作って来て判を押すばっかりにして、押せと言うてやってくる子供の養育費を月に何万づつ送れ、慰謝料お何十万。
それも向こうの手続きだけとった書類が、次から次ぎと送って来る訳なんですね、それでもその子供に逢いたいっていう父親の一念はですね、それこそ気違いになる位にある訳です、だから大人しいのですけんその行きもきらん訳、そこでもう親の方が見ておられんようになりまして、うんならお父さんが一遍京都の方へ連れて行こうという事になったんです、ちょうどそう言う様な時に、今の離縁状に判を押せという手紙が参っておりました、それからそりゃぁ他の事ですけれども。
親子でもうそれこそやりやり言う様な喧嘩をした、もう親でも無か子でも無かっちいうごたる風なその喧嘩をし、なら京都行きの方も「もうお前のために俺は京都に行ってやることはもうやめた」とまた来てもらわんでもええ、と言う様なそれこそ泣きの涙でお母さんが「実はこういう事になってまいりました」と言うてそのうお願いに参りました、それで私がね、それでもう腹立ちまぎれでその息子はもう「一人ででも京都に行く」と、ところがあぁいう弱い男が一人で行って、どういう事になるじゃ分からんというのが、又後の親の心配なんですね。
でお願いに参りましたから、「とにかくやらして頂くのはええけれども、もう一遍子供に出て来る様に言いなさい、行く前に必ず出てくるように」、翌々日親子で出て参りました。その時に私が「とにかく一年間別れておるその子供ととにかくノイローゼになろうごとあんたは子供の事を思いよろうが」って子供の事をこげん言うたら涙ポロポロ流しよる、会いたいっち言うとにかくもう会いたいって、会いたいの一念なんですね、「あんたん所のお父さんもね、あんたに対して同なぁじ思いを持っておるとよ」。
私が言うたらまた涙をポロポロ流しよるとですよね、「帰ってお父さんにお詫びをしなさい」って、「親子でどういう事情であったか知らんけども、それこそ親でも無い子でも無い、お前のごたるお世話にはならんなる、と言った様なね事だったそうなが、そういう事でおかげの頂けるはずがなかじゃなかね」と私がね、「帰ったらお詫びをさしてもらいなさい」てね、「あんたのお父さんが例えばならお母さんが、あんたの事を一生懸命心配なあまりにそういう事になったのであるからね。
ここで親の御恩を親の御恩と言うか、親の思いというものを分からして頂かなければおかげにならん、そういうことにならね、今日は私あんたが出てきた時に神様が下さるのは、「同行二人」ということを頂くからね、あんたお父さんはもうむしろみえない方が良いだろうと、あんたが一人で行った方が良いだろうけれども、もうあんた一人はやらん神様がちゃぁんとあんたと一緒においでになるんぞ」と、同行二人と言うたら。
今度はお母さんの方がこうやって泣いて、親が付いて行かんでん神様が付いて行って下さるじゃけなか、本人も安心しましてね。金光御神米をしっかり頂いて、その翌日京都へ一人で発ったんです、その事をその昨日来たいや昨日じゃない、その上野初美さんの方ですたいね、初美さんの方がもうとにかく息子が発った後がもう心配で心配でたまらん、合楽の先生にお願いはしておるけども心配でたまらん、「本当にもう広大なおかげを頂いて、あの人が発った明くる日に実はこういう手紙が来た」と言うて。
そのうその事をお礼申し上げてくれというのが昨日の、上野さんがことづかって来とる事でした、もう一年間の内に初めて手紙がその、父親に対する向こうの嫁さんから来とるとですよね、その坊やが外に遊びに行っとった、そしたらその近所のおばさんが「あんたんとこのパパはどこ行っとるね」てその言うた、そしたらね「お父さんは出張」っちいう言葉ば言いよったげなね、そのまだ小さいけんやっとかっとで、そのお父さんのそのつたわっているんでしょう。
「お父さんは出張に行っとる」っちこう言う、「はぁ長い出張ね」っち言うちからその、近所の人がまあ言いよった、それを聞いて母親がですね、もう今度は母親の方がたまらんごとなった訳ですよ、「子供がこう言うてあなたを訪ねる」という手紙がもう一年ぶりに初めて来たげな、今までは「さぁ離縁状に判を押せ、慰謝料の手続きをとる、子供の養育費はいくら送れ」とだけしか言うてこなかった、もうそれもうそれこそ手紙いつも持ってくるんですけれども。
何行かでそのうもう、本当にそのうもう愛想もこそも無いごたる手紙が来る。来ている訳なんですね。それが初めてその母親が父親に対して、子供の父親に対してから初めてそういうまぁ情を見せての手紙が来た、いわゆるこれするかいだからあの人が行ってどうも、それこそ取り付くしまも無いごたるろうような中にあってね、行っておるのだけれどもです、そういう気持ちで向こうの親子が受けてくれるであろうと思うたら、それで安心も出けた有り難かったわけです。
昨日まで出来なかったから、とにかくその事をお礼を申し上げてくれとこう言うて親が参りましたね、ですからですね本当に自分の子供を持ってみて、初めて神様の大恩を悟れとかね、神の思いを知れとかとまぁ教えて下さる、実際それは実感的なんですよね、例えば一年間自分は帰って来て、もう自分の里へ帰って来るからわがまま放題ね、もうとにかく親が悪かったから自分がこんな不幸になるような、事でもうとにかく親子喧嘩が絶え間が無い、自分の子供の事で思うあまりにノイローゼになるごたる状態。
そん為に家で加勢するとじゃなか、魚釣りどん毎日行って紛らしとると言った様なその中でですたいね、初めてその親子喧嘩さして頂いてね、子供の事を思う一心を例えばここで初めて、あんたとこのお父さんもあんたが京都におる子供を思うとと同じ事だて、いう事を聞かしてもろうて初めて親の事が分かった。まぁお詫びしたかせんかは知らんけれども、本当にお詫びをする気になっただろうと私は思うです。そして翌日発たして頂いたらそういう働きになって来てる。
その翌々日にはもうこうそういう手紙がやって来てる訳ね、そこんところですね私は神の大恩を知ればと、親の恩を知ればとかね、神のおかげを知らぬからと、そういう事によって神のおかげを親の恩、けれどもこれはどこまでも言わば、あのう感情の上にもなかったんですね、情の上で分かったまた何かが起って来るとまた親子喧嘩をするね、だからそういう風に理解を頂きましてから、神様のことが分かって来るまたおかげを受けておかげということが分かってくるけれども。
ならそう言う事がまぁ初めてはあるけれどもですね、それから段々進んで行かなければいけないと言う事です。神のおかげを分かると言う事をもっともっと広ぅ深う分かって行かなきゃいけんって。言うなら神の大恩をですそれこそ海よりも広し山よりも高しと言う様なものをです、本当に分かって行かなきゃいけんのです、いよいよそこには例えどんなに親が理不尽な事を言おうがです、その大恩に比べたらもののなかではない、親に口向けらん出来るこっちゃない、と言った様なものすらが出けて来る訳なる訳。
先ずそれが自分方と私共の場合であったら、そういうものが育って行かなきゃならんね、いわゆる神のおかげを段々分からしてもらうと同時に、神の大恩をいよいよ絶対のものとして分からして頂く、そこでです例えば昨日の一時の神訓解釈ですよね、昨日は「神の教えも真の道も知らぬ人の哀れさ」ということだったですよね、それに対するいわゆる解釈ですね御理解は、「初めて聞いた神の教え、初めて知った真の道、信心の無かった昔の事が悔やまれ、現在道によって助かり、歓喜の生活がある」
「喜びの私がある、この喜びがまだ知らぬ人達の上に願われるおかげを頂きてこそ、初めてこの御教えが分かったと言えよう」という、私は「この御教えが分かったと言えよう」という、この御教えが分かった時ですね本当に、だから私はここんところをこれほどに、ここに解釈して下さっておるほどに分かっておる、金光教の信者がどれほどあるだろうかということなんですよね、信心しよっておかげは分かって来た、大恩も分かって来た。そこで本当にはぁこの信心をもういっ早く分かるべきであった。
分からしてもろうておったらと悔やまれるようにある、現在は道の道によってね、歓喜の中に生活があり、私があるというおかげをここに頂いておるわけです、だからそこんところのおかげが果たして、どの程度頂けておるかということなんでうすね、私の家が歓喜に溢れておるね、私の心の中に喜びがいっぱい、「この喜びをまだ知らぬ人に」とこう言うておられる、このこの喜びをまだ知らぬ人にです、知らぬ人達の上に願われる、いわゆる難儀な氏子が沢山おろうがその中にもです。
そういう喜びも神の道を知らない人達の上にです、それが願われるおかげを頂いた時、そうなんですからここになって来ると、まだ随分こう私共の差がある事が分かって来ますですね、はぁもうおかげ頂くこの時は、どうやらこうやら分かってきたけれどもね、歓喜に溢れた家庭でもまだない、また私の心の中にも歓喜がある、たいてい喜びがいっぱいということもない、ただおかげを頂く事は喜びが分かった、おかげを頂く事は成程神様だなと分かるけれどもです。
こういう喜びこういう信心をあの人達にも、分かってもらえたらどの様な有り難い事になるであろうかと、それが願われるおかげを頂きてこそ、初めてこの御教えが分かったと言えようとこう言うておられる。まぁこれだけの事じゃないでしょうけれどもね、私はせめてそこまではですね、一つまず分からないかん、もうそれから先は随分ありましょうね、だから信心をさして頂いてそこんところの、いわゆる「神のおかげを知らぬから」とおっしゃるそこんところのおかげ。
自分の子供が可愛うてたまらん、ノイローゼになるほどに会いたい。そういう思いが親の心であるならばです、あんたのお父さんが、あんた達あんたの事を口には言わんでも、思うておる事は同んなし事なんだと。それをしかも何十年間です、あんたがここまで養育のおかげを、育てさして頂いて来ておる間に、どのくらいな切実さを持って、あんたの事を思うたか分からない、聞いてから初めて親の思いが分かった大恩が分かったね、ですから問題はこれからが本当の事なんだ。
唯そこんところがちょっと分かっただけである、それがいよいよ深いものに広いものにね、言うなら山よりも高し海よりも広しと、言った様なところが段々分かっていくところからです、「無事達者子孫も続く」とこう仰るね、「一年まさり代まさりのおかげを受けることが出来る」と、だからここんところのおかげは皆が頂きたい、年まさり代まさりのおかげを頂きたいね、けれどもその始めのところのですね、神の機感に叶うた氏子になろうという信心は疎かであるね。
そこでなら神の機感にかのうた氏子とは、例えば今日は昨日の御神訓を例にとりましたね、「神の教えも真の道も知らぬ人の哀れさ」というのですから、神の教えを分かり真の道も分かろうと願う信心なんです。そこでこの78節の、なるほどここんとこが一番大事なということが分かられたと思うですね、「神のおかげを知らぬから互い違いになってくる」そこでならおかげが互い違いになってくる時にはですね、いわゆるまだまだ神様のおかげをおかげと言うておるけれども。
まぁだ気がつかんところに、いわゆる「信心しておかげを受ければ目に見えるおかげより目に見えぬおかげの方が多い」と仰る、目に見えないところにおかげを分からしてもらおうと、勤めなければならない事が分かってまいります、「はぁ考えてみるとあれもおかげじゃったたい、不足言いよったけれども、いやぁあれこそ神様の働きじゃったったい」という風にですね、神のおかげを分かっていかにゃいけんということが分かります。それでもなおまだ互い違いになるならですね。
もっともっと深く分からなければならない、もう「ここお前分かってくれよ」と、言いよんなさるようなところがあるに違いはない、そこを分かる事の精進を、私はしなければならない、「おかげを頂きたいおかげを頂きたい」と、言うことだけは言うなら、矢も盾もたまらんように願っておるけれども。頂いておるおかげの事に対してですね、気が付かないおかげに、「はぁ本当にどこにその目に見えないおかげがあるであろうか」と気付かしてもらう精進をしていない。
ここに「神のおかげを知らぬから」ということになるのじゃないでしょうか、だから互い違いになるという、そこでなら互い違いになっておるというところをです、本気でね「これはまぁだ神のおかげを知らぬからだ」と思わにゃいかんということが分かります、「神の大恩を知れば無事達者」とこう言うておられる。無事でない達者でないならばです、いよいよ神の大恩をもっともっと深く広く分からして頂かなければならないね、そこで例えば甘木の初代なんかが教えておられますようにね。
それこそひと掬いの水でも、一粒のお米でも、いや米じゃない水じゃない、もっともっと一人が粗末にするほご紙一枚で、ね、枯れ葉枯れ枝一本一枚でも、神様の御物としてそれを大事にされた、それは神の大恩をいよいよ知られたからそれが出来た訳なんです。ですから私共は分からんけれどもですね、やはり神様の御物としての物の見方、考え方って言う様なものをいよいよ深めるために、本当にひとつ一掬いのその水の上にでも、あぁ粗末にしないね。
米一粒でもねお粗末にはしないそれを押し頂く稽古を、私はしておらなければいけない。私がこれはもう少年時代から、これだけは絶対どんな道を歩きよっても、穀物が落ちとったら必ず自転車乗って行きよるなら、自転車飛び降りてからそれを必ず私は拾った、汚れておるならポケットの中に入れとった、だから洋服のポケットには、いつも米やら麦やら小豆やら、ちゅのがいつも入っておった本当です、これは私の少年時代から続けておりました。私はもうお風呂入ったらお湯沢山使います。
使いますけれども決してもう絶対湯桶にいっぱい汲んだ事ありません、それこそ湯桶湯桶半分ですね、使うのは使いますけれども、ガバッーと、いわゆる心して使えということなんです。ですからそういう私は信心生活の中にですね、物を粗末にしないそういうところをです大恩を分からんなりにでも、話しを聞いて分かったのであるから、私の子供の時に大恩がわかるはずがないけれども、穀物を大事にしなきゃならないと、とまぁ聞かせて頂いたんでしょうね。そういうものが私に出けて来とったんですから。
そこからです本当に私はそういう実行と言うかね、をさして頂く所に金光様の御信心ぶりも段々出けて来ると同時にですね、いよいよ神の大恩をを地にもう体験の上に頂き現して行く事が出来る、そこに無事達者でという子孫も続きと言った様な、おかげにも繋がって来ると思うのですね、一年まさり代まさりのおかげを皆が受けたい、受けたいならそこんところをひとつその大事にして、しかも神のおかげをいよいよ深く広く。神の大恩をいよいよ限りなく。分からして貰える修行をさして頂いて。
おかげを受けていくと言う所にです、この78節のまぁ神様の願いと言った様なもの、分からして下さろうとするものを今日は感じたんです。そして御神訓の昨日の「神の教えも知らぬ、真の道も知らぬその哀れさ」と、言う事を言うておられるが、お道の信心をさして頂いておっても、唯おかげの事だけは知っておるけれども、教えもね聞かず真の道も踏んで行かないとするなら、神様はやはりどういうことになるでしょうかね。それこそ尚一層哀れを感じなさるのじゃなかろうか。折角御神縁を頂きながら。
教えも頂こうとはしない、真の道も踏もうとはしない、それこそ神様にまた一段とです、信心のない者よりももっともっと。歯がゆい思いをさせる様な事はなかろうかという風に思います。 神のおかげを知り神の大恩を分かれば、今日御理解78節に言うておられる身代も、人間もそれから家柄など迄変って来る、そういう信心の言わば土台と言うか、お互いがその初代でなからなければなりませんですから、そういうものを本当に頂いて、それを子供に孫に、伝えて行けれるおかげを頂きたいもんだと思いますですね。
どうぞ。